人の「絆」をつなぎ、「命」を守る基盤としてのメディアツールの可能性

しばらくぶりの投稿となりました。
昨日、以下のような新聞記事が出ていました。
http://www.asahi.com/national/update/0513/TKY201005130267.htm…  

ソーシャルメディアはブログ、SNSからツイッターまで、様々なメディアツールが生まれてきています。
私も、それぞれの手段を利用して、コミュニケーションツールとして何ができるのか、どのような強み・弱みがあるのかなど考えるようにしております。

今のところ、私自身も、特にSNSやツイッターは人同志の絆を形成し、社会的孤立防止に一定程度役立つと思います。

でも、この関係をどのようにリアルに繋げるかこそが、これらメディアツールに課せられた大きな問題だと思います。

私自身、地域SNSやツイッターを頻繁に活用しています。
地域SNSは、リアルな地域でのリアルな出会いを起点としたつながりの世界。
一方、ツイッターはリアルな出会い起点のつながりもあるが、どちらかと言えばネット上でのつながりが起点のケースが多いように思います。

ツイッター上で「孤立防止」や「自殺相談」を行うのも、それなりに意義があると思いますが、基本ネット上で、一度も顔を合わせたことのない人との間でのやり取りでしか過ぎない。
自殺防止の電話相談もあるけれど、これも基本的に顔を合わせずに行うやり取りの域を過ぎない。

もちろん、面と向かって相談が行えず、一人で悩んだ結果、無縁な状態におかれたり、果てに自殺に追い込まれる人が多いことは承知しているつもりです。

でも、ツイッター上で会話を行い、「リアル」な世界で対話を行うきっかけとなり、「リアル」な世界でのコミュニケーションが続くようにしないと、本当の意味での「絆」にはならないように思います。

翻って、SNS、とりわけ地域SNS。

地域SNSも、地域ごとにコミュニティの「色」が違ってくると思うし、それが自然だと思います。

でも、「リアルな世界」起点のコミュニティであることは地域SNSに共通した非常に大きな特徴であり、ツイッターと異なる差別化要素であり、追い求めないといけないポイントだと思います。

一方で、「声を出したくても出せない人たち」にいかに浸透していくかが、大きな課題のように思う。

どうしても、普段地域SNSを媒介にコミュニケーションをするのは、限られた人になる傾向があるのも事実だと思います。

正直、自ら声を出し、リアルコミュニティにも参加するような人たちは、社会的孤立の心配などないと思う。

地域SNSに入ってきてほしい層は、むしろ「声を出したくても出せない層」をいかに巻き込むかでないでしょうか。

その点、ツイッターは顔が見えなくて、むしろ気楽にコミュニケーションが取れるのかもしれません。

例えば横浜市。
人口368万の巨大都市で、隣人の顔すら分からないことも非常に多い。
「声を出したくても出せない人」は果たしてどれほどいるのだろうか。

一方、例えば兵庫県佐用町のような小さな地方の町にも地域SNSがあったりする。
それぞれ地域ごとに解決すべき課題は異なると思うが、共通して「地域の絆の解決」は必要だと語られます。

地域の絆構築のためのソーシャルメディアのあり方を考えていきたいと思っております。


ブログブラッシュアッププロジェクト、開始!

 ブログに来訪していただいている方、本当にご無沙汰してしまいました。
しばらくブログよりも、twitterにハマったり、や地域SNSのブログ機能への書き込みが中心となってしまい、本サイトの更新が遅れてしまいました。

気がつけば、もう4月。
街にはフレッシュマンがあふれています。

私も、本サイトのブラッシュアップを図りたいと思います。
一つは、サイトデザインの更新。
もう一つは、twitterとの連携。

普段その気軽さ故にtwitter中心の書き込みになりがちなので、本サイトからもtwitterでの書き込みが分かるようにします。
本サイトとtwitterとのすみ分けについてはもう少し考えたいと思いますが、本サイトに書き込みを行ったら、twitterでもその旨つぶやこうと思います。

しばらく試行錯誤が続くと思いますが、ご勘弁いただければと思います。

昨年を振り返り、そして今年を見据えて。

新たな年がはじまりました。
年末年始、日本では寒い日々が続きましたが、このブログへの来訪者の皆さまのお住まいいかがお過ごしだったでしょうか。

「一年の計は元旦にあり」。

既に新年も4日経ちましたが、私にとってのブログ書き初めなので、簡単に去年を振り返り、新年を展望してみたいと思います。

昨年は日本社会にとっては激動の年だったと思います。

経済面ではリーマンショック以降の経済低迷、デフレの動きが大きく印象に残っています。
しかし政治面では、8月に政権交代が起こり、日本でも「政治」が大きく注目された一年でした。

社会面では、私は「ソーシャル・メディア」が普及したことを肌身で実感しました。
SNSやブログから、年末にかけてはツイッターなどなど、安価で容易なツールが登場しました。
そして、「政府事業仕分け」の模様をネット上に画像配信し、ツイッター上で国民がつぶやきあうといった、これまでなかったような「社会参加」の仕方まで出てきたように思います。
まさに、情報のオープン化が進んだ一年だったように思います。

私個人も、容易にICTツールが活用できるようになった反面、ICTツールとどのように付き合っていけばいいのか、という点でも試行錯誤の一年だったように思います。

そんな中で新たに出会ったものが、「地域SNS」。

これまでmixi等のSNSにはお世話になってきましたが、mixi等のSNSを「全国SNS」とすると、「地域SNS」の特徴は、リアルのお付き合いを土台としていることではないか、と思ッています。

先ず地域のリアルのお付き合いをより活発に、容易にするためにネット上に作られたコミュニティ。
だから、コミュニティのメンバー間との信頼関係も非常に高い。

又、地域間連携機能のある地域SNSエンジンの場合、決して各地域のSNSが「タコつぼ状態」になることなく、横断的な知り合いもできます。

一方、コミュニティ上で密な付き合いをしていると、リアルでの会話もスムーズに行えることも実感しました。
年末、帰省の途中に北陸方面に立ち寄りました。
そこで、ある地域SNSで知り合った方と直接お会いし、その地域を色々案内していただきました。
直接お会いするのは初めてにも関わらず、全く違和感なく、地域のこと、社会のこと、ICTのことを話しあいました。

改めて、ネットからお付き合いが始まっても、地域のコミュニケーション、そして人と人とのむすびつきは、直接現地に出向き、歩き、現地の人々とフェイス・トゥ・フェイスの会話をすることによって生まれるのだと実感しました。

今年は、地域や公共がより活性化し、持続可能な社会が何なのか考え、実現に向けて主体的に取り組んでいきたいと思っております。
そして、ブログでもしっかり発信していきたいと考えておりますので、皆さまのご鞭撻をよろしくお願いします。

ネットコミュニティでの「素の自分」〜マルチチャネルでどのように自分を表現するか

 このところ、当ブログの更新ができてませんでした。
再びまめに更新していこうと思います。

なぜこのブログの更新が遅れたか?
理由は、最近twitterや他の地域SNSなどにもまめに記事を載せていたため。

正直、様々なネット上でのコミュニティに参加するようになり、それぞれの「場」で、どのような「自分」を出していいのか、考え中であります。
(もちろん、どのコミュニティでも自分の「素の姿」ではありますが・・・)

このところ、twitterを参照する時間と、地域SNS「ひょこむ」への参加時間が増えました。

twitterは、140字以内で「つぶやき」を送る場。
字数が短いので、正確性よりも即興性と即時性が求められると感じます。

加えて、他のユーザーを「フォローし、フォローされ合う」ことによって成り立っている場。
文字なので、自分の時間に合わせて活動すればよいのですが、どうしてもリアルタイムで参加してしまおうとする。
ある種「中毒性」がある媒体だな、と感じざるを得ません。

一方、「ひょこむ」。
兵庫県全域を対象とする地域SNSで、当該SNSのエンジンを開発し、又コミュニティを主宰されているハンドルネーム「こたつねこ」さんと知り合い、ご紹介いただき参加するようになりましたが、twitterと比べ、大人のコミュニティだと感じます。
証拠に、私の「ともだちリスト」には、30歳代後半から50歳代の方々が多く連ねています。
会話も、twitterほど時間に追われる内容ではなく、どちらかというと社会的なネタや身近なネタを、じっくりと深める、という感じの内容が多いです。

加えて、アクティブユーザーの多さ。
ここにブログを書くと、多くの方が参照し、コメントを寄せていただけます。

何となく、時間に追われずに身の丈に合った姿で表現できるような気がします。

そして、このJUGEMのブログ。

地域SNSとも、twitterとも違う立ち位置、どのような内容にすべきでしょうか?
私の試行錯誤、しばらく続きそうです。


「民」の「公共参加」の必要性〜シンポジウムのパネリストとして参加しての雑感〜

先週土曜日、私の出身大学院で開催された討論会にパネリストとして招かれました。

テーマは「官の仕事、民の仕事」で、日本各地からいらっしゃった50名ほどの主に地方自治体の公務員の方々を前にして、最近の私自身の活動についてや、思うことなどをお話ししました。

今、自治体の公務員の皆さんは、「事業仕分け」などが盛んに報道される中で、自分たちの仕事の意味について真剣に考え、実践していこうという雰囲気が高まっているように感じ、それは非常に良い傾向だと思いました。

しかし、圧倒的に足りないと思ったのは、「官」と「民」とが交流し、意見を交わす機会。
そして、その土台、ステージは「公共」という、「官」「民」共通の空間であるということへの理解です。

「民」は納税者の立場としても、営利企業に関わる立場としても、「公共」という空間で事業を行い、稼ぎ、生活するに当たって、いかに「生き残るために創意工夫するか」、というのが「官」にない特性であり、優位点だと思います。
一方、「公共」空間における「官」の優位点は、「市場」で支えきれないが社会として守らないといけない領域を現場で支えていること。
例えば過疎地域の問題、福祉、国防、警察、消防などは代表的なものでしょう。

社会が豊かになれば「民営化」「民活」といった議論もでてきますが、「官」のほうも「民」のことを良く知らないので、「民」に任せれば全て上手くいくと考え、全て委託したにも関わらず、結果的に事業がうまくいかず、失敗に終わる、ということもここ近年、「豊かになった日本」におけるの問題として全国で起こった問題のようにも思います。
「民」についても、「公共」についての理解が不足しているために、「純粋営利事業」として「公共事業」に参入すると、事業継続性の面で問題が発生したり、一方で必要以上の金額で事業を請け負うなどの問題が発生したりします。

「官」も「民」もそれぞれ「公共」を支えるという意味では、上下はないはずです。
これからは「民」こそ、「公共経営」の研究・実践者が増えていくべきだと思います。

人口減少社会を迎え、デフレ基調が続く我が国、私たち日本人は、今後より厳しい時代を生きていくことになります。
社会のグローバル化と、社会・経済規模が縮小方向にあるこの日本で、誰がこの社会を支えていくべきか。
私は、一人ひとりの「国民」「市民」にあるように思います。
社会がグローバル化すればするほど、一方で足元、つまり地域の活動にも目を向けなければいけないと思います。

一方で、「官」は、「民」という「外側」に触発され、関わっていってほしいと思います。
そこで「民」が「官」に期待するのは、これまで一貫して「公共」分野をリードしてきたノウハウやリーダーシップという面だと考えます。
これからは「官」も「民」も、「タコつぼ思想」ではなく、互いに視野を広げて活動していかなければいけないと思います。

「地域SNS」の可能性〜ネット上でのリアルなつながりの醸成〜

今、私が取り組んでいるテーマの一つに、「地域SNS」があります。

SNSとは、ソーシャルネットワーキングサービスの略で、人と人とのつながりを促進・サポートする、コミュニティ型のWebサイトを通じた会員制サービス。
友人・知人間のコミュニケーションを円滑にする手段や場を提供したり、趣味や嗜好、居住地域、出身校、あるいは「友人の友人」といったつながりを通じて、新たな人間関係を構築する場を提供します。
代表的なサービスとしては、国内ではmixiやGREE、海外ではMySpaceやFacebookといったものがあり、mixiの場合、国内外にユーザーが1800万人程度(2009年9月30日現在)いるコミュニティに成長しています。

一方、「地域SNS」とは、地域に限定したSNSのこと。
「地域SNS研究会」の調査によると、我が国では2004年に熊本県八代市で立ち上がってから、2009年3月時点で404事例まで増加しています。

それでは、SNSと「地域SNS」との違いはどこにあるのでしょうか。

まず、各々の地域に何らかの関係を持つ、あるいは持ちたい参加者によって構成されるSNSである点があげられます。
次に、対象とする地域の広さ、メンバー数の面で、リアルなつながりをベースとした顔が見えるコミュニケーションをとるのにより適切な規模である点。
我が国の「地域SNS」も、現状もっとも大きなサイトでメンバー数は5000名程度であり、多数のサイトで数百名程度のメンバー数といった規模です。

ネット上で地域の問題を解決する取り組みは、地方自治体の間でも以前から注目されてきており、「電子掲示板」という形で場を提供されてきましたが、「書き込みがない、発言しづらい、場が荒れる」などの問題が発生したこと、適切な運営ができる体制になっていなかったことなどから、閉鎖に追い込まれた自治体が多数ありました。

一方、ここ10年ほどで、ようやく我が国でも国民一人ひとりインターネット上での「ICTリテラシー」が向上してきたように思います。
又、既存メンバーの招待による新メンバーの参加や、参加者間でのプロフィールや写真、日記、ブログを公開する機能、友人を登録・管理する機能等、システム側の整備もなされ、2005-2006年に行われた総務省の実証実験でも、「いつでも、どこでも、誰でも参加でき、議論がオープンに行われる」といった、正の側面について促されている結果が残っています。

私は、今後「地域で起こることは地域に住む人々自身で物事を解決していく」というプロセスにおいて、「人々が緩やかに横につながり続ける関係」を構築することが重要になってくると考えています。

まちづくり活動においては、行政に加えて、住民の中のアクティブな人間や地域のリーダーとも言われる存在の人が、周囲の住民を巻き込み、活動が大きくなっていきます。
この活動において不可欠なのは、「がんばる人を『ばかばかしい』と思わせない」「がんばる人が抱え込み過ぎない」「がんばる人がプロ化しない」「行政をあてにしすぎない」というの4点だと考えます。
本来地域コミュニティにおける活動は、本業を持った地域の人々が時間と場所を合わせて集まり、特定の課題やテーマについて情報共有やディスカッションを行い、方向性やアクションを決めていきます。
そのような中で、善意のリーダーシップを発揮する人のやる気や志を尊重すること、ただし無理をしない環境を作ること、一人ひとりが持ち合わせているものを協調しながら一つにまとめていくことがその活動が成功するカギであるといえるでしょう。

従来オフラインでの活動だった地域コミュニティ活動にSNSというオンライン上の基盤を与えることによって、より自由な時間に活動に参加できる、より自分の身の丈にあった範囲での活動ができる、より多くの人に活動を発信し、コミュニティの輪が広がる、構成メンバーが行う「ロングテール」 な活動についても情報発信できる、といったメリットが挙げられるのではないでしょうか。

又、実際にあるテーマについて議論し、作業をすることも大切ですが、むしろその後の「懇親の場」を持ち、酒食も交えながら「時間と空間を共有する」という行為も、地域の真のつながりを作るにあたっては重要なことなのだろうと思います。

いずれにしても、「地域SNS」のmixiなどの大規模なSNSとの違いは、リアルなつながりを基盤としたコミュニティであることがあげられると思います。
ネット上で「○○町××丁目の△△さん」の付き合いが行われる、そのような世界を作り、まわしていくことが、最も大切な視点のように思います。


私たちの子どもたちのために今すべきこと〜「膿」を出し切り、「次」を考える〜

 今日、行政刷新会議の「政府事業仕分け」は前半戦を終えました。

マスコミの報道はもちろんのこと、ツイッターでは外部の「傍聴者」がつぶやきあい、これまで一般国民がなかなか知りえなかった情報が白日のもとに晒された感があります。
この8月の政権交代も相まって、私たちの国で、ここまで「政治」や「行政」にスポットライトが当たり、興味が持たれたことは、ここ数十年のスパンではなかったように思います。

一方、このところ日本経済も心配な動向が。
ここしばらく続く円高傾向、そしてデフレ傾向も見え隠れしています。
行政刷新会議の議論の結果も相まって、今日本はまさに歯を食いしばってでも頑張らないといけない局面に差し掛かっているのかも知れません。

私たちが忘れてならないことが一点あります。
それは、この「事業仕分け」は、戦後60年間溜まり溜まった膿を白日のもとに晒す作業であり、今後もっと重要なことが待っているということ、つまり、「日本の成長戦略を策定する」という作業が控えている、ということを認識しなければなりません。

今回定義する「成長戦略」の定義は、従来と大きく変わるのかも知れません。
これまでは、民間企業なら売上や利益をいかに増やすか、国レベルならGDPをいかに増やすかという道筋を示すことが「成長戦略の策定」でしたが、この人口減少社会における「成長戦略」は、根本的に意味合いが変わるように思います。

それは、「いかに私たち一人ひとりが、この日本で、いかに幸せな生活を送り続けるか」を考え、その方法を策定することでないでしょうか。

その中にはもちろん、経済面の指標も含まれますが、たとえば福祉面、教育面、環境面、そして地域コミュニティ面といった、様々な指標が加わり、国民一人あたりの指標値が総合的かつ継続的に高い水準に維持し続ける体制を考えることが、今回策定すべき「成長戦略」のような気がします。

これまで、良くも悪くも、私たち日本国民は、「公共分野」で果たすべき役割を、中央官庁や地方自治体に依存し過ぎてきたように思います。
おそらく、それだけ「できる組織体」だったからであり、全面的に信頼を寄せるに足る組織だったからだと思います。
しかし、その結果、質量ともにコストに見合ないサービス水準を求めるようになり、それが借金という形で回りまわってきていたように思います。
又、民間企業についても、公共事業に過度に依存する体質も、借金が増えることを助長してきました。

今後ハコモノを作っても、活用する人が減ってくるのです。
又、耐久年数を過ぎたハコモノもいたるところで増えてくるのは必然です。

そろそろ、私たちの子どもたちが何で食べていくべきか、発想を転換し、真剣に考え、行動していかないといけないでしょう。

私は、鍵は「身近なことは自分たち自身でやる」、「ともに助け合う」、そして「知恵を出す」ということだろうと思います。

良く「大きな政府」「小さな政府」という二元論で語られることが多いですが、おそらく上記で述べた世界は、しいて言えば「大きな公共」という言葉で説明されるように思います。

これまで曲がりなりにも私たち国民は世界最高水準の教育を受け、生活をしてきました。
これまで得てきた知識や技術を、一つでもいいから何か役に立つことがないか考え、行動を起こすことが積み重なっていけば、一人でも困った人を助け、頑張ろうとする人を奮い立たせることができるのではないかと思います。

「公共」の役割は、あくまで「頑張ろうとする人を手助けしてあげること」であるということを忘れてはいけません。
そのための「知恵を出す」であり、この一人一人の姿勢の集積が、グローバルレベルでの競争に打ち勝っていくことにつながってくると思います。

何より、今ここしばらくは私たち日本人たちは歯を食いしばっても踏ん張らないといけない局面にいるように思います。
そして、食いしばった先にはきっと、私たちの子どもたちに「夢」や「プレゼント」を残せる世界が見えてくるような気がします。


「政府事業仕分け」に参加して〜一人の女性が生み出す、新しい「民主主義」へのうねり

 いよいよ昨日、行政刷新会議の「事業仕分け」が始まりました。
昨日、降りしきる雨の中、会場に行ってきました。

既にマスコミ等で広く報道されているので、背景や目的についてはここでは詳しく言及しませんが、今回は、来年度予算の概算要求で上がった90兆円以上に上る金額をどこまで絞れるか、がテーマ。
今月末にかけて、9日間、合計400以上の事業について集中的に討議がなされます。

以下、実際参加してみての感想。
仕分けの会場は印刷局の施設内にある体育館内に仕切りを設け、3つの討議スペースと事務局室をつくっただけのスペース。
天井が高いので、生で議論の内容が聞こえない、音声を受信するためのレシーバーが用意されていたが、絶対数が少ないなどの問題がありました。
私など、PCに接続してネット上での中継サイトから音声を拾い、リアルの討議を傍聴している有様。
お年寄りの男性などは、事務局の職員に詰め寄る方もいらっしゃいまいした。

次に、特に昨日は初日だったからだとは思いますが、プレスの数が半端でない。
一般の参加者は落ち着いて討議の模様を傍聴できる環境ではとてもありませんでした。
又、天井が高く、広いスペースなので、特に女性などは足元が冷えるのでは?とも思えました。

会場面、準備すべき備品面等、運営面で様々な課題が残った一日目だったと思います。

次に、興味深い話。
一人の女性が、一傍聴者として会場にビデオカメラを持ち込み、カメラを回し続け、それをWEB上に流し続けるということをされていました。
そして、ブラウザー上に流れる中継画面の横には、ツイッターの入力画面が。
日本中の傍聴者は、リアルで流れてくる画像と音声を聞き、ツイッターでつぶやくことができるのです。


このリアルで流れる画像と音声、討議される方の表情や音声がクリアにとらえられていて、まさに会場の臨場感がそのまま伝わってきます。

行政刷新会議のWEBサイト上にも、インターネットでの同時中継がなされていますが、画像がぼやけていて、又引いたアングルからの映像なので、誰が何を言っているのかが全く分からない代物です。
それに比べれば、彼女が流すサイトは臨場感が全然違います。

そして何より、中継と同時進行する、会場外での「つぶやき」のスリリングさ!
日本の政府関係の議論で、いや世界じゅう探しても、白熱した議論が「全世界」に広がる衆人環視の状況で議論され、「全世界」でつぶやき、議論されていることなど、これまでなかったのではないでしょうか。

この「全世界」で国民がつぶやき、議論されている事実を、当の「仕分け」に参加している役人、「仕分け人」の方々はどれだけ気づいているのでしょうか。

この「事業仕分け」の最大の目的の一つは、この「衆人環視の状況で議論する」というものです。

これまで密室で議論し政策を作るという経験しかない役人の人々にこそ、ぜひこのツイッター上での議論を見てもらいたいものです。
そして、自分たちの仕事のスタイルについて、猛省してもらいたいものです。

又、国民全ての人にも、ぜひこの「つぶやき」を見てもらい、参加してもらいたいものです。

残念ながら、この女性は一傍聴者として一人で活動されているため、現時点では3つのワーキンググループすべてで同時に中継されるわけではありません。
しかし、この女性が始めた活動は、日本における民主主義がより国民に身近なものになり、より国民一人ひとりの主体性が高まる、大きなうねりの源流のような気がしてなりません。

私も陰に陽に、このうねりを加速するための活動をしていきたいと思います。


みんなで創りあげる法律・制度へ〜「経産省アイデアボックス」プロジェクトから思うこと 

 以前もこのブログに投稿しましたが、現在、11月14日までの期間限定で、「経済産業省アイデアボックス」というサイトが開設されています。

あと数日でクローズされてしまいますが、現時点(11月11日午前4時)で、アイデア総数377、投票総数5,782、コメント総数980、ユーザ登録数1,009、又、初期段階での統計ではありますが、登録ユーザーの属性(居住地、性別、業種等)偏りが見受けられます。

個人的には広報不足、物足りなさを感じてはいますが、このあたりはこれからの課題として、まずは行政として大きな一歩を歩み出たように思います。

私は、この「アイデアボックス」は、納税者と役所のコミュニケーションのあり方に一石を投じるものであると考えています。

具体的には、現在の「パブリックコメント」の仕組みを、更に納税者に身近なものに進化していくためのきっかけとなるような気がしています。

パブリックコメントとは、公的な機関が規則あるいは命令などの類のものを制定しようとする時に、広く公に意見・情報・改善案などを求め、その結果を反映することで、よりよい行政を目指す制度。

つまり、私たち納税者、主権者にとってこの制度に期待することは、以下のことではないでしょうか。
・役所の募集内容に対する国民の意見も表示され、共有できること
・国民の意見により、役所が提示した募集内容もさらにブラッシュアップされ、最終化される経過を共有できること
・その前提として、役所側も国民にとって分かりやすい言葉で募集すること

何より、役所の人々がもつべき重要なのポイントは、「国民目線」だと思います。

国民側は、自分自身の生活実感を自分の言葉で役所に意見を伝え、反映してもらいたいと考えています。
国民が何を欲しているからこの法制度を規定するのか、もしくはどうなければいけないからこの法制度があるのか。
法律や制度は、私たち国民や社会の行動様式を規定するものであるので、あいまいさを排除するということは当然必要にしても、いわゆる「役人用語」等、国民にとって難解な言葉で規定するものでもないはずです。
そのためには、役所の人々はより「役所のプロ」ではなく、「生活のプロ」でないといけなくなります。
そのうえで、法律の専門家として、文章化し、わかりやすい説明をつけて主権者・納税者にたたき台を提示し、リーダーシップをもって国民意見を取りまとめ、法制度として最終化する。

そうすることで、少しでも私たち国民の生活と政治・行政の現場とが近くなり、国民が、自分たちが政治・行政を直接支えているのだ、という実感がわくのだと思います。

ただし、ひとつだけ注意する必要があるのが、国民も、ID等により管理者側で存在確認ができることと考えます。
意見表明に匿名やハンドルネームを使うのは問題ないが、一人が複数のIDや名称を使うことを防ぐ必要はあります。

とにもかくにも、主権者・納税者が使いやすい仕組みを使って、制度が出来上がる過程を皆で共有しながら制度を作っていく、そのような「わくわく感」が、法制度を作り上げる過程にあってもいいように思います。


「清掃・リサイクル審議会委員」になって感じたこと

 今日は、このたび現在住んでいる区の「清掃・リサイクル審議委員」の区民委員に選ばれ、その審議委員会の初会合に出席してきました。

私自身、このような政府・自治体の審議委員は初体験のため、議会棟にある会議室へ緊張の面持ちで出向きました。

委員会は有識者(大学教授・講師等専門家)4名、事業者代表(農商工団体等)5名、そして区民代表8名という構成。

参加されていた区民の方々は、男性は地域に長く居住されている方々、女性は主婦や地域活動をされている方々で、明らかに私は最年少でした。

今回の任期2年中の審議会のミッションは、一般廃棄物処理基本計画の改定にあたって、叩き台に対して各々の立場から意見を述べ、パブリックコメント・議会の意見等を踏まえて、最終化していくというもの。

私も、事前に送られてきた素案等に目を通してみましたが、何しろその分量の多さから、細かくチェックすることまで困難ではありましたが、今日いらっしゃった他の委員の方々は、皆さん地元での生活経験が長く、リサイクル問題に造詣の深い方が多く、その問題意識の高さには改めて敬服するものでした。

となると、私がこの審議会で何を話すことができるだろう?と考え、得た結論は、同世代の意見の代弁者たること、そして住民の「生の声」をそのまま伝えることではないか、ということでした。

率直なことを申すと、審議会に集まるような人々は、皆さん区政に対して、生活に対して、非常に高い関心を持っており、「基本計画」にせよ個別アクションプランにせよ、口出ししなくても自ら実践できるような方々ばかりであり、既に出来上がっている素案等は、内容として大筋は文句のつけようのないレベルまで来ているものです。

問題なのは、そのような方々が審議会等公の場で、「どうすれば(彼らたちが)設定した目標を達成できるだろう?」「リサイクル意識が高まるのだろう?」ということを考え、試行錯誤し続けていることではなかろうか、と思いました。

大多数の区民の人々は、「ゴミ問題」や「リサイクル問題」など、できれば関わりたくない問題。

特に、若年層、そして働き盛りの世代は、もっと楽しいイベントもあるし、何より朝の忙しい時間をなんとかやりくりして「ゴミ出し」をしている人ばかりです。

そのような人々に、「細かく分別してください」とか、「ペットボトルはきちんとゆすいで、ラベルもはがしてリサイクルに出してください」
などとお願いしても、単に面倒な作業を増やしているだけです。

又、広報手段についても、現在新聞折り込みを中心とした「区報」を中心に出しているけれど、若年層は新聞を取らない人も増えています。
そのような現実があるにもかかわらず、審議会の委員の方々は「信じられないね、今の若者は」みたいなとらえ方をしてしまっており、対応策として「紙の広報の全戸配布」を企図するなどしていて(私としては、そのような紙媒体が来たところですぐにゴミ箱行きにすると思います)、いつまでたっても効果的な広報ができない現状があるようにも思いました。


私が意見として、「もっと若者が利用する媒体を使って広報すべきではないでしょうか?たとえば、区のホームページではなくmixiのコミュニティを活用するとか、駅や沿線電車内の電光掲示板を活用するとかできないでしょうか?」
などと申し上げると、他の委員の方々は「なるほど、そういうやり方もあるのだな」といった顔をされていらっしゃいました。

いずれにしても、えてして地元の制度は比較的シニアな方々の関心のもとに、シニアな視点で設計されていることが多いように思います。
若い世代も積極的に地域の意思決定にかかわっていき、シニア層とも十分議論を重ねたうえで、施策として具体化していく、このことが若い世代の地域コミュニティへの関心を高める大きなきっかけになるのだろうと、改めて感じたのでした。

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